魔王の山で星を見たleo

2002年しし座流星群

「おおぉぁー!」。
その日最初の光球を見たのは出発したばかりの車の中だった。光の尾を引きながらオレンジ色に輝く星が落ちてきた。それはただ叫ぶことしか許さないほど一瞬にして終わってしまう。去年の大発生の時は箱根の山中で見ていたのだが、今年はジョルダンで、砂漠の街アズラックの近くで見ることとなった。アンマンを出たころに心配していた薄雲も、車でアズラックに近付くにつれ見えなくなった。ひとつ、またひとつと流星が流れて消える。その間隔も少しずつ短くなってくるようだ。そしてそのほとんどが、正面の砂漠からまさに昇りはじめた獅子座から、放射状に出現していた。2002年11月18日、深夜。しし座流星群の始まりである。

leoアズラックの周辺には黒々とした岩が大地から突き出した溶岩地帯が有る。主要な道路がアズラックと、南はマアーン、西はアンマン、北に向かうとイラクとザルカを結ぶ道に繋がるが、道路から一歩外れると、土地は乾燥した砂漠地帯だ。そのアズラックの北東、20kmほど行った砂漠の只中に黒い城塞の遺跡、カスル・アル・ウセイヒムはあった。周囲は起伏の有る砂漠、一面に人の頭部ほどの真っ黒な岩が転がる。人や車を寄せ付けないその岩々は、鋭利に尖り、薄く堅く裂けるように割れ、歩くとチャリチャリと擦れて高い透きとおった音を出す。遺跡はそんな砂漠の小高い岩山の頂に有った。やはり黒い石で造られた壁は崩れ、黒い山の山頂に建ついびつな城のシルエットは、どこか不気味な雰囲気を持っている。僕達はその城の有る山を“魔王の山”と呼んだ。

かろうじて砂漠の中に出来た轍を通り、魔王の山におそるおそる近づいた。黒い城は満月の光の中にあってなお、黒い闇となって佇んでいた。天井は抜け落ち、中から見上げると崩れた城壁は、まるで黒い額縁のように星空を引き立てた。西側の壁面には、アーチだけが崩れずに完全な姿で取り残されていた。崩れた岩を使い城壁の上に登ると、周囲の砂漠地帯が一面に見渡せた。この山はこの辺りでは一番高い。遠くにある丘や岩山、ワディやその周りに細々と繁っている潅木などが月明かりに照らされていた。僕達はその城のなかで、星の流れる夜空を眺め続けた。

leo 獅子座が中天近くに差しかかると、月は徐々にその光量を落として西の砂漠に沈み始めた。そのころになると、星はいよいよ流れ始め、次から次に見えるようになった。天頂から放射状に星が降り注ぐわけだから、それはあらゆる方向に見ることが出来た。南西の方角に遠くぼんやりとアズラックの街の灯が見える。アズラックの上の空には、オリオンと冬の大三角形が輝いていた。ある時はまるでオリオンがアズラックに星を降らせているように、2個、3個と続けて星が流れた。月が暗く赤く輝き、やがて遠くの地平線に完全に沈んだ。

星はまだ流れ続けた。僕達は空を眺めていた。流星が見えるたびに、誰かが短い声を漏らす。声を聞いてから探しても、もうその声の理由はどこにも見当たらない。その一瞬の事件を見逃すまいと、黒い城の城壁でただ空を眺め続けた。普段の僕達の生活からは、猛烈にガスやちりを噴出する彗星のことなど、遠く離れた存在だ。一年という時間の流れの中で暮らしていても、地球が太陽の周りを一周するのに、どんなすごい速さで回っているのか、いったいどれだけの距離を移動するのかなんてことを、僕達は知らない。しかし、流星群の夜だけは、それがすこしだけ解る気がする。それがどんなにすごいことなのか、目に見え、肌で感じられる気がしてくる。たとえ一つ一つの流れ星を見逃したとしても、それはたいしたことではなかった。その大きな、宇宙の営みをすこしだけ共有できたような感覚に、僕らは満足していた。獅子座は、そろそろ中天を過ぎようとしていた。西の空が少しずつ白み始めていた。

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